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大阪地方裁判所 昭和54年(わ)5693号 判決 1988年3月23日

本籍

大阪府寝屋川市香里本通町一〇二四番地の三

住居

大阪府寝屋川市香里本通町一〇番一号

医師

渡邊健夫

大正一二年二月一一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官、長谷川充弘出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年二月及び罰金八〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、医師で、大阪府寝屋川市香里本通町一〇番一号において渡邊病院を経営するものであるが、自己の所得税を免れようと企て

第一  昭和五一年分の所得金額が二億七七四八万四一九四円(別紙(一)総所得金額計算書及び修正貸借対照表参照)でこれに対する所得税が一億七三〇〇万五三〇〇円(別紙(二)税額計算書参照)であるのにかかわらず、診療収入の一部を除外し、あるいは薬品の架空仕入れを計上するなどし、よって得た資金で架空名義により株式を取得するなどの行為により右所得の一部を秘匿したうえ、昭和五二年三月一五日、枚方市大垣内町二丁目九番九号所在の所轄枚方税務署において、同税務署長に対し、右年分の所得金額が七一〇八万八三七九円で、これに対する所得税額は一九〇七万五四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま納期限を徒過させ、もって不正の行為により所得税一億五三九二万九九〇〇円を免れた

第二  昭和五二年分の所得金額が二億七六三六万三六二三円(別紙(三)総所得金額計算書、修正貸借対照表及び修正損益計算書参照)で、これに対する所得税額が一億七三五五万五九〇〇円(別紙(二)税額計算書参照)であるのにかかわらず前同様の行為により右所得の一部を秘匿したうえ、昭和五三年三月一五日、前記枚方税務署において、同税務署長に対し、右年分の所得金額が七八三〇万八四五二円で、これに対する所得税額は二五三五万八二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま納期限を徒過させ、もって不正の行為により所得税一億四八一九万七七〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

(注) 例えば、番号270とあるのは証拠等関係カード検察官請求分番号270号を示す。

判示全事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  第一、五一、五二、五三、五四、五五、六〇、六一、六二、六三及び六五回公判調書中の被告人の各供述部分

一  被告人の検察官に対する供述調書九通(番号270ないし278。ただし、270について身上、経歴部分である第一項は証拠としない)。

一  被告人に対する収税官吏の質問てん末書一一通(番号259ないし269。ただし、259について身上、経歴部分である問一、二に対する各答に関する部分は証拠としない。)

一  証人志賀惟信、同梅本泰二及び同岩田政信の当公判廷における各供述

一  第五回公判調書中の証人中村一二三、第六回公判調書中の同吉野紀彦、第六及び八回公判調書中の同石蔵利徳、第七回公判調書中の同稲田昌弘、第九及び一〇回公判調書中の同杉本次男、第二三回公判調書中の同高畠貞夫、第二四回公判調書中の同田辺厳、第二六回公判調書中の同小森敦、第二七回公判調書中の同村上賢徳、第二八回公判調書中の同上田忠良、同楠本惣太郎及び同中村小智子、第二九回公判調書中の同馬場正夫、第三〇回公判調書中の同大村卓、第三一回公判調書中の同本間正三、第三一回及び四〇回公判調書中の同黒川寛、第三二回公判調書中の同池内孝、第三三回公判調書中の同高井邦夫、第三四回公判調書中の同榎本公一、第三八回公判調書中の同神保堯、第三九回公判調書中の同大熊一義、第四〇回公判調書中の同堀家誠並びに第四六回公判調書中の同渡邊豊子の各供述部分

一  渡邊豊子(二通。番号109、110)渡辺雅夫(番号112)、原田礼子(番号113)、鹿田弥生(二通。番号121、123)、佐保嘉一郎(番号126)、村上賢徳(番号151。ただし、不同意部分は除く。)、馬場正夫(番号135。ただし、不同意部分は除く。)、土井和夫(番号161)、榎本公一(番号175。ただし、不同意部分は除く。)、岩田政信(番号388)の検察官に対する各供述調書

一  渡辺雅夫(番号111)、山下定男(番号114)、鹿田弥生(二通。番号120、122)、佐保嘉一郎(二通。番号124、125)、佐保禎三(番号127)、杉本暁美(番号141)、村上賢徳(番号149。ただし、不同意部分は除く。)、家垣武治(番号152)、馬場正夫(二通。番号153、154。ただし153及び154にてついていずれも不同意部分は除く。)、土井和夫(二通。番号159、160)、守田修(番号162。ただし、不同意部分は除く。)、武藤英喜(番号163)、神保堯(番号164)、塚本一郎(三通。番号165ないし167。ただし、165及び166についていずれも不同意部分は除く。)、伊藤進(三通。番号168ないし170。ただし、いずれも不同意部分は除く。)、中島義次(番号171、高瀬義次(番号172。ただし、不同意部分は除く。)、川戸雄二(番号173。ただし、不同意部分は除く。)、榎本公一(番号174。ただし、不同意部分は除く。)、上田忠良(二通。番号177、178。ただし、177については不同意部分は除く。)、谷本忠勝(番号180)、山本肇(番号181)、末沢清子(番号182)に対する収税官吏の各質問てん末書

一  鈴木英之作成の供述書(番号156)

一  収税官吏作成の査察官調査書一一通(番号5ないし9、20、21、23ないし25、30)

一  検察事務官作成の報告書二通(番号354、355。ただし、355について不同意部分は除く。)

一  枚方税務署長作成の証明書(番号347)

一  大蔵事務官作成の報告書(番号367)

一  足立実次(番号10)、木下智英(番号11)、寺谷雄児(番号12)、池月久芳(番号13)、大沢哲夫(二通。番号14、18)、井上次郎(番号15)、梅見正治(番号16)、金坂明是(番号17)及び臼井治(番号19)作成の各現金預金有価証券等現在高確認書

一  福井俊男(三通。番号31、33、34)、八木千之(番号32)、天津晋(二通。番号36、37)、松本喜久弘(番号38)、石木雄三(番号39)、森哲彌(番号40)、金田英彦(番号41)、大橋英夫(番号42)、高森晃章(番号43)、唐崎謹二(番号44)、中野學(三通。番号48、50、51)、戸田満丸(番号52)、金信昭二(番号53)、山口照夫(番号54)、一瀬正知(二通。番号55、56)、本間正三(三通。番号57ないし59)、黒川寛(二通。番号60、61)、馬場知一(番号62)、吉田功(番号63)、小村芳徳(番号65)、小野博司(二通。番号66、67)、大熊一義(番号68)、河西桂次(番号69)、平田行夫(番号70)、北山邦太郎(番号71。ただし、不同意部分は除く。)、杢田恒夫(番号72)、土井和夫(番号74)、守田修(番号75)、岡崎寛(三通。番号76、85、86)、越智邦明(二通。番号77、79)、藤本勲(番号78)、佐野俊介(番号80)、中野功(番号81)、野呂啓一郎(番号82)、鶴田直彦(番号83)、蒲弘造(番号84)、田辺巌(番号87)、梶田吉朗(二通。番号89、90)、伊藤清(番号97)、池田一善(番号98)、中村一二三(番号99)、林弘英(二通。番号100、101)、楠本惣太郎(番号102)、中村小智子(番号103)、山本肇(番号104)、近藤邦雄(番号349)及び安部真(番号381)作成の各確認書

一  山本喜文(番号29)、野呂啓一郎(番号88)、木下智英(三通。番号314、348、351)、山本喜文(番号353)、倉中要三(番号367)及び臼井治(番号383)作成の各調査報告書

一  山本信郎(番号91)、有村輝彦(番号92)、野呂啓一郎(番号93)及び越智邦明(三通。番号94ないし96)作成の各証明書

一  臼井治(番号22)及び西佐古国雄外一名(番号350)作成の各写真撮影報告書

一  株式会社大和銀行新宿支店(番号45)、大阪地方貯金局長(番号46)、株式会社第一勧業銀行笹塚支店(番号47)、黒川寛(番号73)及び日興証券株式会社大阪京橋支店(番号357)作成の照会回答書

一  検察官作成の捜査関係事項照会書謄本(番号356)

一  商業登記簿謄本(番号363)

一  押収してある昭和五一年分総勘定元帳二綴(昭和五五年押第六二八号の一)、安田信託/大阪保護預り通帳一冊(同押号の二)、安田信託貸付信託関係書類(封筒とも)一綴(同押号の三)、枚方信金/寝屋川預金取引書類一綴(同押号の四)、大和/寝屋川預金等取引書類一綴(同押号の五)、仕入関係資料(袋共)一綴(同押号の六)、預金メモ一枚(同押号の七)、印鑑(ケース入)五個(同押号の八)、印鑑七個(同押号の九)、一九七八年手帳一綴(同押号の一〇)、雑記帳(S49~52)一冊(同押号の一一)、手帳一冊(同押号の一二)、債券受渡計算書(東京証券)一綴(同押号の一三)、伊藤銀証券残高証明書三枚(同押号の一五)、日興証券(トヨタビデオ)募集報告書、計算書一枚(同押号の一六)、一吉証券残高証明書六枚(同押号の一七)、印鑑三九個(同押号の一八)、お預り証券、お預り金照合書(山一証券、トヨカワカツトシ名義)一通(同押号の一九)、ご案内(証券票)(山一証券ヤマザキ・タツオ名義)一通(同押号の二〇)、印鑑(日興証券封筒入)二個(同押号の二一)、日興証券貸金庫副鍵入袋等(池田豊蔵名義)二袋(同押号の二二)、収益金袋(空袋)一袋(同押号の二三)、債券受渡計算書一綴(同押号の二四)、受渡票(預り投資信託と記載のもの)一通(同押号の二五)、買付計算書一綴(同押号の二六)、日興証券計算書類一綴(同押号の二七)、売買報告書一枚(同押号の二八)、書留郵便物受領書一枚(同押号の二九)、募集報告書計算書三枚(同押号の三〇)、預金関係メモ二枚(同押号の三一)、S49・10~53・2渡邊病院得意先元帳(一般分)一綴(同押号の三二)、S49・10~53・2渡邊病院得意先元帳(別口分)一綴(同押号の三三)、請求明細書綴一綴(同押号の三四)、決算関係書類綴一綴(同押号の三五)、印鑑(片岡)一個(同押号の三七)、公社債利金入金通知書一綴(同押号の三八)、証券受領書及び株券用帯封一綴(同押号の三九)、株式関係メモ等一綴(同押号の四〇)、有価証券売買報告書(封筒共)一綴(同押号の四一)、受渡計算書一綴(同押号の四三)、有価証券応募約定報告書(封筒入)一枚(同押号の四三)、保護預り口座開設のご通知(封筒共)一綴(同押号の四四)、保護預り通帳井谷光子NO9(1)一冊(同押号の四五)、保護預り通帳井谷光子NO9(2)一冊(同押号の四六)、前受金入金伝票一綴(同押号の四七)、領収証(発行控)一六冊(同押号の 四八)、信用取引口座設定約諾書九枚一綴(同押号の五一)、顧客先手控(吉田功所持のもの)二綴(同押号の五二)、顧客先手控(馬場知一所持のもの)一綴(同押号の五三)、印判三個(同押号の五四)、信用取引決済元帳一綴(同押号の五五)、信用取引口座設定約諾書一綴(同押号の五六)、証券預り証(53・10・26回収分)一綴(同押号の五七)、証券預り証一綴(同押号の五八)、金銭預り証一綴(同押号の五九)、証券預り証控一綴(同押号の六〇)、金銭預り証控一綴(同押号の六一)、印鑑票保護預り口座設定申込書一綴(同押号の六二)、顧客登録票一綴(同押号の六三)、顧客勘定元帳三綴(同押号の六四)、出金請求受領書一綴(同押号の六五)、50年総勘定元帳一綴(同押号の六六)、51年現金預金勘定帳一綴(同押号の六七)、52年現金預金勘定帳一綴(同押号の六八)、50年度賃金台帳一綴(同押号の六九)、51年度賃金台帳一綴(同押号の七〇)、52年度賃金台帳一綴(同押号の七一)、従業員(現員)台帳一冊(同押号の七二)、大和/寝屋川(渡邊健夫)使用済総合口座通帳一綴(同押号の七三)、第一勧銀/香里定期預金期日案内書一枚(同押号の七四)、仕入集計表一綴(同押号の七五)、一九七七年手帳一冊(同押号の七六)、使用済普通預金通帳(大和/新宿)一冊(同押号の七七)、使用済普通預金通帳(第一勧銀/香里)一冊(同押号の七八)、利息計算書三枚(同押号の七九)、名刺一綴(同押号の八〇)、空封筒一綴(同押号の八一)、拘束性預金に関するご通知一通(同押号の八二)、名刺二枚(同押号の八三の1、2)、52年分総勘定元帳一綴(同押号の八四)、印鑑一個(同押号の八五)、顧客勘定元帳八綴(同押号の八六)、建物賃貸借契約書一通(同押号の八七)、決定書四枚(同押号の八八)、補助元帳一綴(同押号の九七)、集計表一綴(同押号の九八)、日計表二枚(同押号の九九)、渡邊病院別口売掛帳(岩田扱)一綴(同押号の一〇〇)、昭和五〇年度023岩田と題する得意先元帳一綴(同押号の一〇一)、昭和五一年度82032と題する得意先元帳(同押号の一〇二)、51/12~53/8受領票綴四綴(同押号の一〇三の1ないし4)、当限明細書(渡邊病院)一綴(同押号の一〇四)、当限明細書(渡邊)一綴(同押号の一〇五)、受領書(渡邊病院分)50・1~53・10一綴(同押号の一〇六)、受領書(渡邊分)50・7~53・9一綴(同押号の一〇七)、転送伝票(渡邊・渡邊病院分)50・7~53・10(同押号の一〇八)、昭和五二年度岩田と題する得意先元帳一綴(同押号の一〇九)、薬品注文帳一冊(同押号の一一〇)及び薬品出入帳三冊(同押号の一一一号の1ないし3)

判示第一の事実につき

一  枚方税務署長作成の証明書(番号3)

判示第二の事実につき

一  枚方税務署長作成の証明書(番号4)

一  喜多純一に対する収税官吏の質問てん末書(番号179)

一  海藤幹夫作成の確認書(番号35。ただし、不同意部分は除く。)

一  押収してある商品預り証二通(同押号の一四)、決算関係資料綴一綴(同押号の三六)、昭和52・2・18~8・20絵画売上控一綴(同押号の四九)及び昭52・2・25~8・14まで仕入伝票一綴(同押号の五〇)

(弁護人らの主張に対する判断)

弁護人らの主張は多岐にわたるが、その主な点についての当裁判所の判断は、以下のとおりである。

一  財産増減法による所得の立証について

本件は、一定期間の期首・期末の財産状態を比較することを基本にしてその期間の利益すなわち所得の金額を算定するいわゆる財産増減法により被告人の所得の立証がなされているところ、弁護人らは、当該年度間に発生した費用、収益の各項目を集計して所得の金額を算定するいわゆる損益計算法による立証が可能な本件にあっては、財産増減法による立証は許されないと主張する。

しかしながら、財産増減法によって得られる数値と損益計算法によって得られる数値とが会計理論上一致することは承認されており、刑事裁判手続において、損益計算法によることが可能な場合、財産増減法によることができないとする理由はなく、いずれの方法によって立証するかは検察官の選択に任されているものというべきである。

よって、弁護人らの右主張は採用しない。

二  青色申告承認の取消しについて

弁護人らは、青色申告承認の取消しに伴う増差税額はほ脱税額に加えるべきものではない旨主張するが、右主張に理由のないことについては、すでに最高裁判所昭和四九年九月二〇日判決(刑集二八巻六号二九一頁)の説示するところであるが、さらに検討しても、これと異なる判断を導くに足る合理的理由は見い出し難い。

三  期首簿外現金について

弁護人らは、被告人は本件各期首に三億円を超える簿外現金を保有していたのであり、右金員は、昭和四九年五月に仕手戦を行うために準備したもので、本件各年度当時は被告人経営の病院内にある隠し金庫に保管していた。また、右簿外現金がなければ、本件各期中における有価証券の買越しは説明がつかないと主張する。

(1)  前掲関係各証拠によると(なお、以下における説示において、供述、証言を摘示する際には、それが先に掲げた「証拠の標目」において、公判廷における供述、公判調書中の供述部分のいずれとして証拠とされているかを問わず、供述あるいは証言として摘示することとする。)、被告人は、昭和四九年ころから仕手戦に興味を抱くようになり、証券会社関係者等にそのために要する資金等について尋ねるなどしていたところ、同年五月二二日ころ、野村証券大阪支店の池内株式部長、高井営業部長ら数名が野村証券側から出席し、石蔵啓至、被告人が声をかけて集まった医者数名と京都市の右石蔵宅で株式投資についての会合が開かれたこと、右会合で、直ちに値上がりして利益のあがる株式として本田技研等の株が推奨され、被告人を初め、右会合に集ったものは右推奨株を買つたが、同株は値下がりしたため逆に損失を被り、被告人の許に苦情が持込まれるなどしたことが認められるにすぎず、いまだ仕手戦を具体化するまで事態は進展しておらず、その時までに三億円を超える現金を用意する必要も認められないものである。

成程、被告人は、昭和四九年五月ころ、野村証券大阪支店等において、多額の有価証券の売買をしていることが認められるが、右は、被告人が本件各年度において、三億円を越える簿外現金を保有していたことを直接窺わせるものとはいえないうえ、被告人は、当初、査察官の質問に対し右のような多額の現金の持込みの主張は全くしていないし、また、蓄財に熱心な被告人が利子さえも生まない現金数億円を数年にわたって隠し金庫に保管していたということ自体不自然であって、考えられないことである。

(2)  また、有価証券の買越しにより現金の出金超過が三〇〇〇万円以上となる月が、昭和五一年には三月、八月、九月、昭和五二年には二月、七月、一〇月とあり、ことに昭和五二年二月は出金超過額が七〇五三万五二七六円にものぼっていることが認められるが、右出金超過額はすべて手持現金により賄われているものではなく、約二〇〇〇万円は口座間振替等によるものと認められ(日興証券大阪支店の昭和五二年二月一四日付稲垣三郎口座出金六四五万円は信用保証金からの、同証券大阪京橋支店の同月二四日付豊川勝利口座出金七〇〇万円は同店本田英雄口座からの、同証券大阪京橋支店の同月二八日付本田英雄口座出金九五一万円のうち八〇九万円は信用保証金からの、各振替)、また、本件当時、診療収入除外等による簿外資金は毎月約二〇〇〇万円にのぼっていたものであることが認められるから買越しのための資金は、期首持込みの三〇〇〇万円と合わせれば四、五〇〇〇万円には容易に達しうるのであって、前記の如き出金超過額は十分まかなえたものと推認できる。

(3)  逆に、被告人は、本件各年度間において、償還期限直前のワリコー等をあえて売却し、他の有価証券の買付け資金に充てるなどしていることが認められるのであって、この事実は被告人において当時手持現金がそれ程潤沢でなかったことを窺わせるものである。

(4)  そして、本件ほ脱嫌疑にかかる昭和五三年一〇月三〇日の強制調査では被告人の経営する病院、自宅等で現金約三〇〇〇万円の手持ちが確認され、さらに昭和五四年一月二四日の強制調査で同じく現金約二八〇〇万円が確認されたのであって、前記事実に、被告人の経営する病院の規模、経営状況等をも併せ考えると、被告人が本件各年度において所有していた簿外現金はいずれも三〇〇〇万円を超えないものと認めるべく、検察官が本件各年度の期首、期末の各簿外現金をいずれも三〇〇〇万円としたことは正当として容認することができ、弁護人らの主張は採用しない。

四  事業主貸勘定について

1  青色専従者給与の否認金は、青色申告の承認の取消しに伴い事業所得の金額の計算上必要経費とならないものとされるから、事業主貸となる。

2  杉本次男に対する謝礼金、マンションの家賃、斡旋手数料は、雑所得金額の計算上必要経費となるものであり、事業所得の金額の計算上は必要経費とならないので、事業主貸となる。

3  前掲関係各証拠によると、株式等の売買損が昭和五一年度において一〇七万四九五九円発生していると認められるところ、右売買損は、結果として事業所得の金額の算定の基礎となる資産を減少させたのであるから、事業主貸となる。

五  マンション等の保証金、家賃、斡旋手数料について

弁護人らは、赤田アパート二〇三号、スタジオ新大阪六三二号、上室ビル六〇三号、新門真ハイツ三〇五号は、杉本次男がその事業の経営のために受けたもので、その保証金等も右杉本が出損したものである旨主張するところ、証人志賀惟信の供述によると、杉本と志賀とは、昭和四九年春、共同で男女交際の会P&Qを始めるため、右上室ビルを借り受けたことが認められ、右上室ビルの保証金八〇万円については杉本ないし志賀が支払ったものと認められる。

しかしながら、前掲関係各証拠によると、杉本は、本件当時、彼告人からその株式等の取引をすべて任されていたところ、被告人の株式等の取引以外に手広く事業を行っていた事績は窺えないこと、右上室ビルにおけるP&Qも二、三か月でやめていること、右マンション等の借受名義は、いずれも被告人の架空名義による株式等の取引名義人の住所、氏名と一致すること等からすると、上室ビルを除く右マンションは、被告人の架空名義による株式等の取引のために借り受けられ、従って、右保証金、家賃は被告人の出捐において支払われたとみるべきであり、これに反する杉本次男、渡邊豊子の各証言、被告人の供述はいずれも信用できない。なお、上室ビルの家賃については、やゝ疑問がないわけではないが、被告人の出捐ではないと解する方が被告人にとって有利となるので、そのように解することとした。右事実を前提とすると、昭和五一年分の事業主貸勘定が六三万六〇〇〇円減額されるので、同年分の事業所得の金額は同額だけ減額される。なお、雑所得については、右同額分の必要経費が減額されることになるが、それによって雑所得は生じず、結局右に関しては総所得金額が六三万六〇〇〇円減額される。次に、昭和五二年分の事業主貸勘定が右と同額の六三万六〇〇〇円減額されるので、同年分の事業所得の金額も同額だけ減額される。なお、雑所得は同額分だけ増加することになり、結局右に関しては総所得金額に増減をもたらさない。

六  有価証券の帰属年度について

弁護人らは、昭和五〇、五一、五二に年の各末に買付け又は売付けの約定がなされた有価証券につき、その帰属年度を、検察官主張のように、約定日を基準とするのではなく、受渡日を基準として決定し、資産勘定の額とするべきである旨主張する。

これについては所得税関係法令にその定めがなく、所得税の実務においては契約時を基準とするものとされている。そして、約定が成立した場合には、特別の事情のないかぎり、右約定に従つて売付け又は買付けが行われるのであるから、その売付けによる損益又は買付有価証券は既に注文者に帰属しているものということができ、さらに、普通取引にあつては、四日後の受渡日までの期間は証券会社の事務処理期間にすぎないともいえることを併せ考えると、約定日によってその帰属年度を決定した検察官の処理は、これを容認することができ、弁護人らの主張は採用しない。

七  チェスマンハッタンB・Kの株式の譲渡及び取得について

前掲関係各証拠によると、右四〇〇株については、日興証券西武支店に勤務し、被告人の担当者であった伊藤が、昭和五〇年一〇月に同証券船橋支店に転勤したが、従前どおり被告人の株式取引の担当を継続するには、右株式について右船橋支店扱いとする必要があり、そのために右譲渡及び取得の形式をとったものであり、その実質は店舗間移管にすぎないから、昭和五〇年一〇月に右株式の譲渡及び取得があったものとして所得を算出することは誤りであるが、本件起訴にかかる昭和五一年分、五二年分の所得の算定には影響を及ぼさない。

八  第三者の取引にかかるものの混入について

弁護人らは、日興證券大阪支店の岡田英男名義の口座などに被告人以外の第三者の取引分が混入している旨主張し、証人土井和夫は右主張に沿う供述をするが、同人は、本件査察当初(昭和五三年一〇月三一日)、査察官に対し何らそのような申立てをせず、取引後一〇年余を経た後に右のような証言をするに至ったもので、容易にこれを信用することはできず、却って右諸口座の入出庫、預り金、保証金の状況等からすると、右諸口座に第三者の取引分が混入しているとは認めがたい。

九  株の評価減について

弁護人らは、本件各年度において、株式相場が低迷し、各年末の株価は取得時から下落しているので、評価額を認めるべきである旨主張するが、所得税法上、株式の評価についていわゆる低価法は認められておらず、株式の評価減も認められていないし、財産増減法における財産評価は、取得原価によるべきであって時価によるべきではないから、弁護人らの右主張は採用しない。

一〇  絵画美術品について

弁護人らは、絵画美術品はすべて妻豊子がその所有する現金で購入したものであり、豊子の固有資産である旨主張し、豊子は、右主張に沿う供述をするが、その供述自体あいまいであるうえ、当時の被告人の病院の経営のあり方、豊子は、右病院の一勤務医であること等から信用できず、前掲関係各証拠によると、右絵画美術品は、豊子が被告人の事業資金により購入したことが認められる。

一一  架空支払手形、架空買掛金について

弁護人らは、日本商事株式会社からの薬品の架空仕入れの事実はなく、一般、別口の各口座間の振替えは実際の仕入れに伴うものである旨主張するところ、右主張に沿う石蔵利徳の証言は、それ自体あいまいで、また鹿田弥生の検察官に対する供述調書中の供述等に照らしても採用できず、前掲関係各証拠によると、被告人の経営する渡邊病院では、本件各年度当時、医薬品の仕入れは、殆んどすべて、石蔵利徳を介して行っていたところ、右石蔵は、渡邊病院使用分の口座(一般)と兄石蔵啓至の経営する啓徳薬業のために仕入れる口座(別口)とを区分し、右一般分のものは鹿田が病院一階、三階の薬品倉庫に入れて管理し、右別口分は病院五階にある倉庫に納入され、石蔵利徳がこれを管理していたこと、右石蔵は、薬品を納入する日本商事株式会社等に交渉して別口分を一般分に振替えさせ、被告人振出の手形で決済をすることがあり、右数額は、本件各年度において検察官主張のとおりであることが認められるから、右石蔵利徳仕入分は、架空支払手形及び架空買掛金としての処理をしなければならず、弁護人らの右主張は採用しない。

一二  有価証券勘定、前記四、五の分を除くその余の事業主貸勘定、事業主借勘定及び雑所得について

昭和五一年分の有価証券勘定の金額算定に関し、前掲関係各証拠によれば、同年初の東京急行電鉄の株式の金額並びに同年末の帝国石油及び東京急行電鉄の株式(及び前記チェスマンハッタンB・Kの株式)の金額につき弁護人ら主張の金額が正当と認められ、その余の株式及び債券については検察官主張の金額が正当と認められるので、同年分の同勘定の当期増減金額は四円減額されるが、同年中における帝国石油の株式の譲渡損が四円増加するので、これに伴い事業主貸勘定の金額が四円増加することになり、事業所得の金額は検察官主張のとおりである。なお、雑所得の金額も検察官主張のとおりである。

次に、昭和五二年分の有価証券勘定の金額算定に関し、前掲関係各証拠によれば、同年末の帝国石油の株式の金額は検察官主張額よりも二二円減額され、東京急行電鉄の株式の金額は昭和五〇年末、昭和五一年末と異動がなく、昭和五二年中に右帝国石油の株式の大部分及び東京急行電鉄の株式の全部が売却され、かつその余の株式及び債券については検察官主張の金額が正当と認められるので、昭和五二年分の同勘定の当期増減金額は一〇一八円減額される。そうすると、雑所得の金額は、有価証券の売買損益が一〇一八円減額されるので、同額だけ減額されるとともに、右有価証券の売買益が事業所得の金額計算上事業主借として処理されていることから、事業主借勘定の金額について一〇一八円減額される。以上のことから、事業所得について異動はないが、雑所得が一〇一八円減額となり、総所得金額も検察官主張の金額より一〇一八円減額される。

一三  所得の減額

以上の認定によれば、検察官の主張よりも、昭和五一年分の所得が六三万六〇〇〇円(右五参照)、昭和五二年分の所得が一〇一八円(右一二参照)減額される。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも、行為時においては、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の所得税法二三八条一項に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから、刑法六条、一〇条により、いずれについても軽い行為時法の刑によることとし、いずれも所定の懲役刑と罰金刑とを併科し、かつ、各罪につき情状により所得税法二三八条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で彼告人を懲役一年二月及び罰金八〇〇〇万円に処し、同法一八条により、右罰金を完納することができないときは金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部被告人に負担させることとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 七沢章)

別紙(一)

総所得金額計算書

<省略>

修正貸借対照表

<省略>

別紙(二)

税額計算書

<省略>

別紙(三)

総所得金額計算書

<省略>

修正貸借対照表

<省略>

修正損益計算書

<省略>

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